北米では絶対的な人気を誇るホンダのアコード。かつては欧州でも販売されていました。

いつ頃から欧州で販売されていて、いつ欧州市場から撤退したのか?
欧州でのアコードの歴史を紐解いてみましょう。
(出典:www.honda.co.jp/ACCORD/)

1.欧州で販売されたモデル

・3代目(CA4型/CA5型 1985-1990年)
3代目アコードから欧州市場で販売が開始されました。

日本国内向けとは違い、欧州市場に投入されたモデルは欧州専用モデルで、1.6LシングルキャブA16Aエンジンを搭載したCA4と、2.0LPGM-FIB20Aエンジンを搭載したCA5の2モデルです。

・4代目( CB1/2/3/4型 1989-1994年)
国内向けとは違い、欧州では英国ローバーグループとの共同開発によって、欧州専用の4ドアセダンを販売しました。

日本国内や北米向けが5代目のCD型にモデルチェンジした後でも、欧州ではモデルチェンジせずに、1997年まで小改良を行いそのままCB型を継続生産・販売していました。
1995年からホンダUKによりイギリスツーリングカー選手権(BTCC)に参戦しています。

参戦当初はボルボやルノー、ボクソホールなどを相手に低迷していましたが、熟成が進むにつれ成績も向上し、全日本ツーリングカー選手権(JTCC)仕様のエンジンを得た1997年には初優勝を飾っています。

・5代目 (CD3/4/5/6型 1993-1997年)
日本国内およ北米ではフルモデルチェンジを行いましたが、欧州向けはフルモデルチェンジせずに4代目のCB型欧州専用モデルを継続生産・販売しています。

・6代目 (CL1/2/3型 1997-2002年)
フルモデルチェンジによって、欧州専用仕様としてはCL1/2/3型が販売されました。

ボディタイプはセダンと5ドアハッチバックの2種類が設定され、車体寸法は日本仕様とは違い、全幅が広く、全長が短いものになっていました。英国のスウィンドンの工場で生産されています。

エンジンは1.8L、2.0L、2.2Lと2.3Lの4種類がありました。モデル途中では日本生産のプレリュードタイプS用2.2Lエンジンを搭載した「タイプR」と、アコードワゴン用2.3Lエンジンを搭載した高級志向の「タイプV」がラインアップに加わっています。アコードタイプRは当時250万円程度の価格で販売されていました。

7代目 (CL7/8/9型 2002-2008年)
欧州仕様は日本仕様と統合され、5代目以来の3ナンバーボディとなりました。

エンジンは、新開発された前方吸気、後方排気のホンダ・K型エンジンで、アルミ合金ブロックを持ち、排気量別にDOHC 2.0LのK20A型と2.4LのK24A型の2種類がラインナップされています。
連続可変バルブタイミング(VTC)を採用したi-VTECにより全域で扱いやすいトルク特性となっています。

スポーツグレードの「ユーロR」用のK20A型は、高圧縮ヘッドをはじめピストン、クランクシャフトなどのパーツを変更し、ピークパワーが向上しています。

組み合わせられるトランスミッションは「ユーロR」に6速MT、その他のグレードにはSマチック付の5速ATが搭載されました。
欧州モデルには、日本では販売されていない、N22A型 2.2Lのコモンレール式ディーゼルターボもラインナップされています。

8代目 CU1/2型(2008-2013年)
8代目の欧州仕様は2008年2月11日に同年6月より販売され、日欧仕様の内外装を豪華にした「TSX」も春より販売されました。
エンジンは、K24A型とR20A型の他に2.2L 直4 ディーゼルのN22B型がラインナップされています。

2009年1月には、ディーゼルエンジンと5速ATを組み合わせたモデルが追加されました。
この5速ATは、ディーゼルエンジン用にホンダが独自に開発し、初めて採用したものです。

2.欧州市場からの撤退

2015年、ホンダUKはアコードの欧州市場からの撤退を発表。
欧州でのアコード販売は8代目CU1/2型で打ち切ることになりました。

このクラスのクルマは長年にわたりBMW3シリーズや、メルセデスベンツのCクラスなどドイツの高級車の人気が非常に高く、また、同一価格帯のVWのパサートやフォードのモンデオにも太刀打ちできず、販売は不振を極めていたのです。

そこで8代目アコードを最後に欧州でのアコード生産を打ち切り、市場から撤退する判断に至ったということです。

この生産打ち切りと市場撤退により、長い間に築き上げてきたアコードの欧州での歴史は幕を閉じることとなったのです。

3.アコード欧州モデルまとめ

(出典:www.honda.co.jp/ACCORD/)
北米では爆発的な人気を誇るアコード。

欧州にも欧州専用仕様を投入し、マーケットの拡大を図ってきました。
リーズナブルな価格で魅力的なモデルを投入し続けてきました。その歴史は前述したとおりです。しかしながら欧州市場での販売不振により撤退を余儀なくされたのです。

しかしながら現在日本の中古車市場では欧州モデルの需要がありますので、車の魅力は十分あったのだと思います。
単にマーケットニーズとは合致しなかったということでしょう。